第十八章、儚きが故に

72/72
3515人が本棚に入れています
本棚に追加
/510ページ
「い、いやぁぁ!」 悲鳴が上がる。 大人の声だった。 一つの泣き声が消える。 何事かなどと、聞くまでもなかった。 一人の少女、その鳴き声が引き寄せたのは、何も他の喚きだけではなかった。 騒音、爆音か――その後、妙に小さく響いた音と同時だった。 泣き始めた少女の胸は、流れ、移ろうようにして彼女を貫通した凶弾の代わりに、血が噴出していた。 泣き叫んでいた子ども達は目を塞がれ、押されるままに親の影へと隠される。 喉をひくりとさせ、皆一様に、その雰囲気の中ぴたりと泣き止んでいた。 打ち抜かれた少女の母親が、泣き叫びながら錯乱している。 ただ独りだけで、泣いている。 夢か現か分からないような者さえいる中で、医者に見せなければ、そんな思考がようやく巡ってきた。 誰かが、ざっと、前へと踏み出そうとした――だがその重苦しい一歩も、また強制されるように止められていた。 「ああ、ああ」 声、産声。 その後、際限がないほどに高くあがる。 ただただ高らかに、生まれてきたことを告げる。 「その子どもをよこせ。殺してやる」 泣き終え、生を終えた少女の父が、どすの効いた声で口にしていた。 「どうして今啼くの、私の娘を返して」 白々とした周囲の瞳。 だがその矛先は、未だ誰の思考を鑑みることのない、ただの赤子にばかり向けられていた。 「返せ、返せ」 赤子を抱えた女性に詰め寄る者たち。 その手はまるで、死霊にまとわりつかれたようにさえ見える。 ゆらゆらとする手の前、女性はへたり込み、ようやく母親となれた者は、言葉にもならない悲鳴を上げていた――自身の髪が、黒いことも忘れて。 「ああ、ああ」 産声と混ざったのは、その赤子を抱いている女性の恐怖だった。 ゆっくりと、意思を伴わないまま、その手は前へと差し出される。 少女の父親がそれを受け取り、片手で高々と掲げていた。 禍々しいほどに顔を歪め、涙を流しながら、苦しげに、言った。 「命を食った報いを受けろ」 振り下ろされた手の先――そしてふと思えば、部屋は暗く、真っ黒で、何も見えなかった。 音もない。 今はもう誰一人、どんな声も、あげてはいなかった。
/510ページ

最初のコメントを投稿しよう!