プロローグ

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四方八方から人々の悲鳴が轟く灼熱の業火の中、その白銀の騎士はとある集落の一角で一人立ち尽くしていた。 暗褐色の長髪と銀色の兜の中から窺える繊細な顔立ちはまさしく若い女性のもので、胸鎧には美しい装飾の施された階級章が輝いている。 そして、彼女の見下ろす先には服を真っ赤な鮮血に染めて倒れている一人の女性の姿があった。 手にした血刀をただただ強く握りしめて、本来守るべき立場であるはずの騎士は己が斬った領民を静かに見下ろしていた。これが滑稽と言わずに何と言おう。 種族は違えども、たった今斬った者もまた、守るべき領民のはずだ。そうであるはずだった。 次なる戦火の灯と成りうる種族の殲滅。そのような名目で行われた征伐は一方的な虐殺と化し、引き連れた騎士達全員は暴力と狂気に酔っている。 なんのための騎士なのか、何百年と引き継がれてきた騎士道はいつの間に消え失せてしまったのか。 これでは、どちらが次なる戦争の火種なのかわかったものではない。 幾度となく戦場を駆けた若き戦乙女は、自分の騎士として信じている道が徐々にかすれ始めていることを感じていた。 踵を返し、そのまま再び虐殺の場へと戻ろうとしたその時、視界の端で既に死んでいるはずの女性がわずかに身じろぎをしたのが見えた。 出来る限り苦しまぬよう一太刀で終わらせていたはずだが、ベッタリと刃に付着した血糊のせいで傷が浅く致命傷に至らなかったのかもしれない。 ならば、もうこれ以上の苦痛を与えないよう次で命を絶ってやるのがせめてもの情けだろう。 そろそろ自分もこの異様な雰囲気に呑まれ始めているかもしれないが、まだ情けをかけるだけの自我は残ってくれているらしい。 改めて血染めの剣を両手で握り直し、なおも少しずつ地面を動く名も知らぬ女性へ騎士は再び剣を突き立てるために向き直る。 しかし、その姿を視界の中心に映したところで、騎士はその動きを停止させてしまった。 倒れた女性の下から懸命に這い出してくる、まだ生を受けて間もないであろう小さな赤子。 どうやら女性が生きていると錯覚してしまったのは、この赤子が脱出のために体の下でもがいていたからだろう。 これで先ほどまでの手間が省けたわけだが、代わりに新しい手間が増えてしまった。 こちらを穢れなき無垢な瞳で不思議そうに見上げ、指をくわえている赤子を騎士は力を入れないようそっと抱き上げる。
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