始まりの刻

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痛々しくも鈍い打撲音と同時に、削りの荒い手製の木剣が雲一つなく澄み切った青空へ勢いよく回転しながら舞い上がっていった。 ほとんど人が訪れることのない山奥、稀に物好きな商人がやってくる程度の小さな村の外れでのことである。 額に大きな瘤を作りながら思わず尻餅をついた少年は自分の手から離れて自由きままな空中遊覧を楽しんじゃっている木剣の行方を目で追った。 カランと乾いた音を立ててうまいこと着地したことを確認したところで今度は恐る恐る正面を見上げると、そこには暗褐色の長髪と瞳を持つ女性がだいぶ使い込まれた木剣を片手に隙のない所作で佇立している。 女性にしては平均よりずば抜けた長身、確かそろそろ四十代に突入するはずだが日々日頃の訓練によって身は若々しいままに保たれ、これで独身だというのだから驚きだ。 この女性の名は、ウルスラ=アシュフォードという。 なんでも、一昔前は女の身でありながら諸国を巡る旅をしていたらしく、かなり武芸の腕が立つ。 そして、地面に座り込んで額を押さえたまま軽く目を回しているグランと呼ばれた少年は、ある目標のために日課として彼女から剣を教わっているのだった。 「い、痛ぁ……っ。師匠、少しは手加減してくださいよぅ……」 「黙れ、これが本当の戦場なら、お前はもう死んでいる。そら、休んでないで早く立て!敵は待ってなどくれないぞ!」 厳しい叱責に慌てて立ち上がった少年、グランは少し遅れて丸腰であることに気が付いたが、そんなことは委細構わずに師匠は雨のように木剣の打撃を浴びせてくる。 何年にも及ぶ修行から多少腕には自信のあるグランだが、両者の力量の差は歴然だった。さらに武器が無いという悪条件も重なって勝負になどなるわけがなく、師匠からはまったくもって容赦のない連打が激しい雨のように襲いかかって来る。瞬く間に全身を激しく殴打されてまたもや背中から倒れ込んだ。 さらに、間を空けずに接近してきたウルスラからすかさず固いブーツの底で躊躇なく顔面をモロに踏みつけられる。 「むごふっ!」 「これで二度目の死。まったく、お前の命は一体いくつあるのだ?」 もっと痛めつけてやろうと木剣が振り上げられる隙を突いて、グランはグリグリとえぐるように押し付けてくるウルスラの足を払いのけて立ち上がった。
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