始まりの刻

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春は過ぎ、初夏の日差しのため陽光は温かく柔らかい。枝葉の間から見える青空では気持ち良さそうに数羽の鳶が舞っている。 「ったく…師匠って本当に手加減ってものを知らないんだからなぁ……」 あまり男らしく伸びてくれない身長が最近の悩みで青空と同じ澄んだ蒼い瞳をした少年、グラン=アシュフォードは足下で複雑に入り組んだ太い樹の根を踏み越えながらぶつくさと愚痴をこぼしていた。 彼とその師、ウルスラは同じ性を持ってはいるものの、実際に血が繋がっているというわけではない。 どこかの孤児院から戦災孤児だったところを引き取ったということらしいのだが、さすがに物心の付かないほど昔のため、グラン自身はそのことに関して断片的にすら覚えてはいなかった。 しかし、十年以上の付き合いともなってくると逆に養母と呼ぶ方が馬鹿らしくなってくるほどで、今では剣の師匠と弟子以前にごく普通のありふれた一組みの親子として暮らしていた。 そして、もう今年で十七になる少年はある大きな夢をもっていた。 それは、いつかこの山を降りて、どこかの国に仕える立派な王国騎士になることだった。 年頃の男子であれば、誰もが一度は騎士というものに憧れるもの。グランもまたその夢に向かって走る若者の一人であり、そのためにウルスラと日々過酷な修練に励んでいるのだった。 しばらく道無き悪路を進んで行くと、木々の間からサラサラと川のせせらぎが聞こえてくる。 壁のように立ちふさがる茂みを掻き分けて抜けた先に広がるのは、細く小さくも涼しげな清廉の流れ。底では小魚達が泳いでおり、水面に顔を出した石の上では蛙が待っていたとでも言うようにこちらを見つめていた。 冷たい水に両手を浸し、バシャバシャと顔を洗って持ってきたタオルで顔を拭う。 修練と並び、ここで顔を洗うことも一つの日課となっていた。
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