ある日

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 しかも、そのオジサンはうちの顎を外しただけじゃなく、脇腹もガバッと持ち上げた!  どうなってんだ、一体?  うちは、顎を外され脇腹を持ち上げられたまま、今度は歯をカツンと叩かれた。  トーン。  その硬いようで柔らかい音は、脇腹を抜けて全身に響きわたっていく……この音は……ピアノ?  オジサンはいくつか歯を叩いて音を確かめた後、脇腹も顎も開きっぱなしのまま、行ってしまった。  更にしばらくすると、座席にザワザワと人が座り始めた。うちは何とかして逃げ出したかった……  でも、手足は動かないし、歯はまるでピアノのような音を立てるし、訳の解らない事だらけ。にっちもさっちもいかない。  いつしか開演特有のブザー音が鳴り響き、うちはもう、逃げられない事を悟った……  うちは、こんなとんでもない姿勢『ブリッヂ』で、ピアノになってしまったのだ。  小声や咳払い、パンフレットらしき紙をガサゴソやる賑やかさも、もう一度ブザーが鳴ると静かになった……  演奏会場なんだね、ここは。  こうなるとどんな輩に弾かれるのか気になる。うちは逆さの目をしっかり見開いて、舞台袖を見つめた。
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