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だが当の本人はそれを全く気にも止めず、寧ろその首輪に付いている鈴を気に入っている様子だった。
───……チリン…
再び暖かな陽射しの中で寝転がり、首元に繋がっているリードを弄りながら身体を折り曲げて再び目蓋を閉じる。
『彼』がここに来るのを、待ち焦がれながら。
再び目を開けたら、そこに『彼』がいる事を願いながら…。
───‥‥ …
ふと名前を呼ばれた様な気がして、目をうっすらと開く。
まるで猫のように身体を丸めて寝ていた彼女は何度か瞬きを繰り返し、暫くぼんやりと畳の網目を見つめた。
「 、おいで」
リードを固く握り締めていた手を離し、再び名を呼ばれて彼女は身体を起こし、後ろを振り返ると顔を綻ばせた。
だがそれはほんの一瞬の事で、すぐにそれは強張った表情となった。
『彼』と、その周りには“違う人”がいる…。
『彼』が来たのだと理解したけれど、警戒して近付いて来ない事に『彼』はクス、と笑った。
「怖がらせちゃったみたいだね…真田が恐い目で見てるからだよ」
「っ、俺は決してそんなつもりは…!」
「シッ…。
弦一郎、あまり声を荒げるな。それこそ彼女を怯えさせるだけだ」
「……。
とにかく、二時間程経った頃に戻ってくる」
「分かってるよ。じゃあ二人共…」
「…ああ」
『彼』と“違う人”が何かを話し終えたのか、扉を開けて出て行った後に残ったのは『彼』だけだった。
彼女はその事に強張らせていた身体の力を抜いていく。
それを見ていた『彼』が小さく笑った。
「フフッ…悪かったね、怖がらせたみたいで」
『彼』が靴を脱いで上がり、やわらかな陽射しが差し込む彼女のお気に入りの場所まで近付いていく。
そうして陽が射す手前で片膝を付けば、彼女は『彼』を見上げる。
『彼』が微笑み、彼女の頬に片手を滑らせれば彼女も柔和に微笑む。
彼女の顔に掛かる髪を耳に掛け、陽射しの暖かさを取り込んだ長い後ろ髪に指を絡ませていけば彼女は心地良さそうに目を細める。
そのまま顎先を軽く掴み、陽射しの中に少しだけ顔を出して…唇を塞ぐ。
彼女は目蓋を閉じる。
まるで午睡に微睡んでいた時のように、穏やかな表情で。
零れる吐息の熱さも、水音も、顎へと伝う雫も。
それはあまりにも「情欲」や「劣情」といったものとは程遠かった。
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