ルリ子

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「ええ、学校の中に器械体操部があるんですけれど、それで使う吊り輪にぶら下げっぱなしにされて、竹刀で下から何度も身体を叩かれる。それが生徒たちの言う必殺宙ぶらりんです。あの子も何度かそれを無理やり見せられていました」  里美は泣きそうになっていた。 「学校には苦情は出したのですか?警察には?」 「学校では殆どまともに取り合ってもらえませんでした。警察にも言ったんですけど、学校にもみ消されてしまいまして…。それで主人と相談しまして告訴まで考えたのですが、その頃から家に無言電話がかかってきたり、主人が何者かに命を狙われたり、家の門扉にカラースプレーでいたずらされたり、車のドアに傷をつけられたり、タイヤをパンクさせられたり色々と嫌がらせをされているんです」 「なんですって!」  誠はそう言ったきり絶句した。  しばらくして誠はゆっくり立ち上がると、ベッドの上で静かに横たわっている裕一の顔をしっかりと見つめた。無限の可能性がある少年の未来を、体罰による大けがで閉ざしておきながら、のうのうと教師をやっている人間がいる。誠はその現実に心の中から激しい怒りが湧き上がるのを感じていた。 「学校は一体何の為のものなんですか!あの子は私たちの誇りだったのに。そりゃあ難しい年頃ですから親子でけんかする時もありますよ。でも私たちはあの子の屈託のない笑顔が好きなんです。それがあの日以来消えてしまったんです。車椅子宣告を受けてから完全に…」  里美は涙をぬぐいながら言った。 「リハビリも嫌がって病室の中で大暴れするし、声をかけても話をしてくれなくなったんです。でも、私と主人にはその苦しい気持ちはわかるんです。大人に裏切られ、自分の体をめちゃめちゃにされたあの子のやり場のない怒りが…。あの子に笑顔が戻るにはもう少し時間がかかるでしょうが、あの子をこんな目に合わせた相原先生を懲らしめて下さい」 「わかりました。決して悪いようにはしませんから。それからお母さん、傷ついた裕一くんの心を元に戻してあげられるのは、ご主人とあなたの愛の力ですよ。嫌がらせに負けずに明るい笑顔を裕一くんに見せてあげて下さい。そうしていればいつか彼は心を開いてくれますよ。信じて下さい。私も二人の娘の父親ですから」  誠は優しくしっかりした口調で答え、里美を励ました。
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