九_2

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 静かな車内にマイケルジャクソンの声がしっとりと流れ始めた。  2009年 6月26日。中学時代からの友達が渋谷で結婚式を挙げて、宇多田ヒカルがアメリカでヒットを記録した事を知り、歌詞の間に「ホー」とか「ヒー」とか奇声を上げてカクカクとダンスする、作り物みたいな顔をした白い肌の黒人歌手が死んだ。  九はそう頭の中に今日という日をまとめてはみたものの、たぶんこの先思い出すことはないだろうし、その必要も無さそうだと感じている。彼女は世の中のニュースや数値を覚えるのが、子供の頃から苦手だった。社会に出てからも、歴史や数学の公式を覚えている人に逢う度、彼女は不思議でならなかった。どうしてそんなものを覚える必要があるのだろう?  彼女にとって大事なのは、好きなテレビドラマの録画を忘れないことや、ジャニーズのアイドルグループのコンサートのために休暇を取る事。友達と行くディズニーランドや旅行の予定だった。  それはいつも、これから先の話であり、そのうちの幾つが思い出になるかな? くらいのもので、自分の人生に影響のない過去など記憶に値しない事だった。もちろん友達の結婚式はそこに含まれていない。それは彼女自身にとっても良い思い出となるべき事柄だった。  それにしても。  と、彼女は思う。今日はもっと大きな事が、何かがあったハズなのだ。  そして、自分がなぜ電車ではなく、タクシーに乗っているのか? ということが、どういう理由(わけ)か思い出せないでいる。 (ウチはそこまで頭が悪かったのだろうか?)  彼女は再び、ため息をついた。 「ほぅ」
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