藍毅_2

2/4
前へ
/150ページ
次へ
 PTSD、心的外傷後ストレス障害。通常では有り得ない強烈な体験や、異常な環境に置かれた場合、多くの人が引き起こす障害である。悪夢、現実忌避(きひ)からくる短期記憶の欠落など、多数の症状がある。  また、被害者や当事者でなく、例えば戦争や事故での目撃者などに、同様の障害が現れる『巻き込まれ型ケース』も多いことが知られている。  藍毅(あいき)の場合。なまじ無事に逃げ延びたばっかりに、逆に悪夢という形で徐々に蝕まれ、追い詰められていた。もちろんこの時点の彼は、PTSDなどというものに気づいてはいない。ただ未知の経験をしたという意味で知ったに過ぎない。  いくら(かたき)とは言っても『自分の意思で(結果的に)無抵抗の人間を虐殺した』という事が、狂人以外の精神を平静にはしておかない。藍毅は生まれて初めてそれを経験()った。  時計は午前 0時を差している。今夜はもう眠れそうになかった。  台所の窓を開ける。その真上の天井から戸棚はぶら下がっている。藍毅(あいき)は扉を開け、名ばかりのスコッチウイスキーを、(彼はバーボンが好きではなかった)冷蔵庫の製氷皿からは氷を取り出す。氷をグラスへ投げ入れ、スコッチを注ぐと、仕方なく、という具合に喉に放り込んだ。今夜は2度目の(グラス)だ。  自室に戻ったのが19時半ば過ぎ。それからウイスキーを煽る様に飲んだ。祝杯と言えなくもなかった。不慣れな一日の疲労と酒の酔いに、眠りに落ちたのは一時間もかからなかったろう。だがそれも 3時間あまりで(さえぎ)られた。もう一度グラスを口に運び藍毅は考えた。  僕が気に病む必要はない。  藍毅は自分に言い聞かせる。ヤツらが死んだところで世の中はたいして変わらない。そう、ヤツらが車でひき殺した恋人の、その死のあとにも、世の中は何も変わらなかった。  ヤツら自身も何も変わらなかった。無免許で飲酒運転の上ひき逃げ。当時14才という理由で少年法が適用された。無意味に人を殺しておきながら刑事罰は科されなかった。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加