九_3

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「ここから抜け出す方法です」 「方法があるんですか?」 「モチロン」 と運転手は微かに見える程度に口角を上げた。それはいたずらっ子が原っぱの秘密基地や木の上の隠れ家を自慢する時の顔を連想させた。もっとも現実に九がそういう子どもを見たことは一度もなかった。それは大概がテレビで見る外国の映画の中の子供だった。 「見ての通り、この場所は道路を平にするために丘を削って谷にした所です。だから両側はコンクリートの向こう側に何が存在しているか見えない。でもその上は普通の家や道路、この辺は畑だってあります」 「そうですね」 九は頷いた。  確かにそうだ。高速道路がワザワザ台地を削って作られたとは知らなかった。なるほど、車も人間も、馬だって(時代によっては)早く走るには、坂道より平らな方がいいに決まっている。そう言えば家の近くの関越自動車道の周りは、工場か、林か、畑ばかりで、その向こう側に深い河みたいな高速道路があることなんて普段は全く気にしていない人がほとんどだろう。自分の車を持たない九にとってはなおさらだった。 「車はここから出られません。当分。だから、これはもしもの話なんですけど」 運転手は続けた。 「お客さんの家が、三芳パーキングから歩いて帰れるほど近ければ、出口はあるんです」 「ハイ?」  彼の口調がさっきまでと少し変わって、言葉の脈絡が微妙におかしい。「近ければ方法はある」 ではなく「出口はある」 彼はそう言った。 「ここから100メートルくらい先にバス停があります」 「バス停?」 「今は待避所になっていますが、関越が作られた当初は、高速バスの運営を目的に作られたバス停だったんです。もっとも過去一度も使われたことはありませんがね。バス停としては」 九は返事の仕方が分からずに黙っていた。運転手はさらに続ける。 「そのバス停にはこの壁を登る階段がついています。ちゃんとしたコンクリートの石段です。神社の階段みたいなもんです」 「はあ」 「その上には、たった1メートルの金網が張ってあるだけです。前も後ろも、この道に沿ってずっと。子供だって乗り越えられる」 「それは、ここで降りて歩けってことですか?」 「オススメはしません。ただ道がつながっていなくても、物事は案外近くに在ることも有るんです。電車で15分、徒歩1分なんてね」
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