九_3

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 九は軽く伸びをする。空を見上げる。月はない。雲が多くてほとんど星は見えないが、さっき見た赤い星が、壁に隠れそうなくらい端っこの方にやっと見える。彼女はそれを目指すように靴音高く歩き始めた。  周りから視線が飛んでくるのを感じる。それを無視してどんどん車を追い抜いていくと、ちょっと得意な気分になってくる。  やがて分離帯が道を隔て、左に膨らんだ車線の先に歩道らしきスペースが十数メートル分あった。バスのプラットフォームだろう。九がその上に立つと、歩道の中央に人2人分ほどの階段が、ビル5階建てくらいの高さまで真っ直ぐ伸びていた。  彼女はコツコツとそれを登りつめる。すると本当に緑の金網があるだけだった。公園や学校のまわりに必ず有る、なんの変哲もない金網が彼女の胸の高さで左右に続いている。 「よっ」  九は適当な網目につま先を突っ込み踏ん張ると、バックを向こうに投げ腕と脚とで体を持ち上げる。更にもう一方のつま先を一歩上の網目に差し込み金網を跨ぐ。注意しながらゆっくりと反対側へ降り立つとバックを拾い上げた。  眼下に今歩いてきた高速道路が見える。渋滞でピクリとも動かなかった関越道。  それを見下ろす彼女の目には、轟々と音を立て走り去って行く車のライトの跡。サイレンも聞こえない。 「エッ?」  あのトヨタセンチュリーV40型タクシーも煙のように消えて、もうどこにも見つからなかった。  いったい何が起きたのだろう。金網を越える間に渋滞が解消したのだろうか? 彼女はカクンと頭を後ろに倒し「そりゃーないよ、あんまりだわ」と悪態をついた。その視線の真上に、あの赤い星が見えていた。  何か変だ。(だってあの星はもっと下の端っこにあって、あれ?) 再び彼女は驚く。空が綺麗に晴れているのだ。雲が全くない。そして赤い星のあった辺には、どこにもなかったはずの月がぽっかりと浮かんでいた。  下弦の月が。
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