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「Qがいなくなった」
2009年6月27日午前2時。電話の中から「スミス」は挨拶もなく言った。
「Qが?」
藍毅も、やはり相手の確認もせず問い返す。長い付き合いに、お互い手順は要らないと言う事のようだ。
「そうだ。今夜、いやもう昨日か。夕方から携帯が繋がらない。お前、何か知らないか?」
「Q」と言うのは藍毅と「スミス」との共通の知人で、「スミス」主催の創作物を投稿するウエヴサイトの女性メンバーだ。半年程前、昨年のクリスマスには藍毅や「スミス」他のメンバー数人と、パーティーをした。OFF会というものだ。
藍毅と「Q」はそのOFF会で初めて顔を合わせたのだが、互いの作品を通じて抱いていたイメージと、ひととなりがかけ離れていて、互いに良い意味での違和感と、同時に微細なシンパシーを覚えた。ひとつにはどちらも、「以前に出逢ったことがある気がする」と感じていたのが理由だったろう。面白いのは、ソレをお互いが知り得ない点にあったと言って良いだろう。二人ともが何故だかそう感じていた。既視感かも知れないと。
それ以来、藍毅と「Q」のサイト上での交流は密度を増したものの。この数ヶ月は『特別な用事』に忙しかった。「しばらく連絡は取れない」と彼女宛てのコメントをしたのが5月の終わりだったことを、藍毅は失念していた。しばらくと言うのは方便であっって藍毅は、二度と彼女に接触することはしないと決めていたのだが、結果としては彼女のほうが連絡不能となって「スミス」を心配させているという次第のようだ。
藍毅はつい先程からの自分の過去を、ひとつづつ振り返らねばならない必要を感じた。それは真夜中に、無音の樹海を独り、さすらう事に似ていた。
「オイ、聞いてるのか?」
「スミス」の声に彼は無反応だった。彼は今、深く入り組んだ森の奥に迷いこんで、もう誰にも見つけられない暗い陥没穴へと、スッポリはまってしまった。その電話を握っているのは藍毅ではなく、誰かの抜け殻を模造した石像のようにただそこに立っているだけで、それこそ、ピクリ、とも動こうとはしなかった。
「スミス」の電話はいつの間にか、音もなく切れた。
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