藍毅_1

4/6
前へ
/150ページ
次へ
 もっともその二人は、とうにギャングなどという年頃ではなかったが。  標的まであと一歩に近づいた藍毅(あいき)は、東急ハンズの白いセロハン袋から、ガサガサと長めの靴べらを取り出す。  真鍮(しんちゅう)製でクラッシックなデザインの()と、その先にユリの花があしらってあり、長さも50センチ弱はある。ガーデニングが趣味の家の玄関にあるような靴べらだ。足音は消しながら、ガサつかせたのはワザとである。突然後ろで不快な音をさせ標的の心情を負の方向に傾ける。それが、近づくきっかけになるのだ。  標的たちを三歩追い抜くと、彼は立ち止まり膝をまげ、靴べらを右足の踵に差した。後ろから二人連れの一人が舌打ちをした。邪魔だ。という意味だ。先ほどの心理効果があった。あと一秒あればそう怒声が飛んできただろう。しかし、その時間を藍毅は与えなかった。  右手をスイと(ひるがえ)し靴べらを踵から抜くと、左右のつま先を軸に右回転で後ろを向き直った。  その時にはもう、靴べらの先端は頭上にあり、彼は虫を追い払うような仕草で右から斜め下に腕を振った。へらの部分は男の首筋を捉えた。  瞬間、藍毅の鼻からは多量の呼気(こき)が放たれた。 「フンッ」  音に訳せばそうなる。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加