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へら、は男の首筋をなめらかに滑り、頚動脈辺りを裂いた。ここまでに経過した時間は 2秒ほどだ。
引き切った右手を左肩に合わせ、藍毅はテニスのバックハンドのように今度は水平に近い角度で伸び上がりながら振り抜く。その軌道は女子新体操のリボンが舞うのに似ていた。反動で後ろ足が前に出る。勢いに体がくるり、歩いていた方向に向き直っている。すると隣の男の首筋にも、先ほどの男と逆位置に同じ裂け目が現れていた。
『剣は蛇の如く静かに這うべし』
藍毅は十分な手ごたえを感じていた。
真鍮製の靴べらの重さは1.4キロ。へらの丸い最先端以外の両側は、カミソリ並みに研いである。刃渡りは48ミリ。最近改正された銃刀法には触れない。それでも、皮膚と血管を斬るには十分な性能があった。あとは技術の問題だった。それは訓練によって解決できる。事実、結果は伴っている。
合計所要時間 4秒強。あと 2秒ほどで周囲の人間が彼らに注目し騒ぎ出すだろう。しかしここで慌てて走り出したりしてはいけない。まるで何も知らなかったように、そのまま前に向かって歩けばよい。彼は道玄坂を下って行く。 2秒以内に前方の群集と同化するのだ。それらが振り返れば、自分も何事かと振り返る。だが歩みは止めない。
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