藍毅_1

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 ここまでの間に靴べらは東急ハンズの袋にしまう。あとは次の路地(ケンタッキーフライドチキンの手前だ)を曲がり道玄坂(どうげんざか)を逸れ百軒店(ひゃっけんだな)へ入る。  ビジネスバッグからダサいジャンパーと折り畳んだテニス用リュックを取り出し、スーツの上着と、靴べらと、ビジネスバッグを放り込む。ヨネックスの白いキャップをかぶりグレイのジャンパーを羽織る。リュックは片掛けに背負う。それらを歩きながら行う。  二、三回、角を曲がるついでに「いかにも」なスポーツサングラスを掛ければ、先ほどまでの紺のスーツに茶色の安いファブリックのカバンを提げた、うだつの上がらない会社員風中年男は居なくなった。  あとにはセンスの悪いテニス好きのオジサンが居るだけだ。ちょっと平日の渋谷には場違いだけれど、桜丘町のテニス・ハウス・エディに行こうとして、方向を間違えたといった風情(ふぜい)を装いビルとポケット地図帳を眺めておけばいい。なんなら制服警官に店の場所を訊ねたっていいくらいだ。  まだ、サイレンは聞こえない。救急車もパトカーも「しん」と息を潜めている。  ホテル街やライブハウスやらの通りを蛇行して、ぐるり。彼は渋谷駅に戻った。時刻は17時を過ぎていた。  そこには『シアワセ実現党』のTシャツを着た若者たちが、不器用にビラ配りをしていて、人々はまるで難を避けるように急ぐ。雑踏は変化を止めない。  何気なく振り仰いだ 109ビジョン。画面に「マイケル・ジャクソン、急死」のテロップ。  夏の陽はまだ暮れず、やがて遠くサイレンの音。  藍毅に罪の意識はない。彼はひっそり確認する。 「コレは、復讐なのだ」  ビルというビルの巨大モニターに「今夜はビート・イット」のビデオが流れ、そこでは彼が―― Just beat it,――とリフレインを繰り返し、絶頂期の彼のダンスを、もう、死んでしまった彼が踊っていた。
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