薄墨の月

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「殿!一大事にございまするっ!」 家臣は慌てて、殿のいる評定の間へと駆け込んだ。 息子・盛興を亡くしたばかりの会津・蘆名盛氏は、何事かと家臣を睨んだ。 「かような時に騒々しい、何じゃ」 「はっ、盛興様のご正室様がご自害あそばれました!」 「な、何じゃと!?盛興の後を追ったと申すか!」 盛氏はわなわなと震えた。家督を譲った盛興は数日前に病死し、次の当主をどうするか考えていた。盛興の側室に男子があったが幼く、当主にすることはできない。そこで思いついた案があったのだが……。 「まったく、とんだ女子じゃ。伊達晴宗の娘ともあろう者がっ」 「いかがいたしましょう……」 「うむ。伊達にはこのこと知らせるな。騒ぎを知られては攻め込んでくるやもしれぬ」 盛氏は暫くうろうろして考えた。次の当主に人質の二階堂盛隆を据えるならば、盛興の正室をめとらせようと思いついた矢先のこの事態。 (何か策は、策はないか……) うろうろと思案を巡らせ、ふいに自分の娘の存在が浮かんだ。昔、くの一に孕ませたことがあり、その娘もくの一となり盛興の警護についていたと聞く。名は利津と言ったか。 「おい、くの一利津を呼んでこい」 「くの一……盛興様のですか?はっ、只今呼んで参りまする」 家臣が出ていこうと踵を返したところへ、目の前に音もなく女が座っていた。
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