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【6】幸せな日々
彼女の家に着くと、
『カズ、ちょっと待っててね。』
そういって、彼女は奥の部屋の襖の向こう側へと入っていきました。
小さな家でした。
少しして、彼女が笑顔で戻ってきました。
『カズ!お母さんが、ちゃんとお風呂に入ってくれるなら、飼っていいって!良かったね。』
と笑顔で答えたのでした。
二人とも、とてもイイ人でした。
「ジャーッ!!」
地獄のシャワータイム。
私はお風呂は嫌いでした。
水が怖いのです。
(ガマン・・・ガマン・・・)
『あれ?また泣いてるの。』
(怖いの…。)
『ハハ、泣き虫だね、カズは。でももう独りぼっちじゃないからね。私がそばにいるから、寂しくて泣かせたりしないよ。』
涙の色が変わった気がしました。
『この首輪・・・外せないわね。』
ヒトミは、色の剥げた首輪を外そうとしましたが、金具が壊れており、外せませんでした。
それでも一生懸命に外そうとする彼女を、私は拒みました。
『ちょっと、逃げないでよ。外して、新しいの買ってあげるから。』
めいっぱいに首を縮めて抵抗。
『分かったよ、分かったって。カズがいいなら、それでいいわ。誰にでもお気に入りはあるもんね。』
ケンジたちの想い出を忘れたくはなかったのです。
「ネコは3日もすれば、飼い主の顔も忘れてしまう。」なんて、ひどい言われ方をしていますが、決してそんなことはないのです。
大切な想い出は、人もネコも同じなのです。
ところで、ヒトミの体には、たくさんのアザや、傷がありました。
私にはそれが何を意味するのか、この時は分かりませんでした。
こうして、ヒトミとの生活が始まったのです。
ヒトミは、お母さんと二人で住んでいました。
お母さんは、昼も夜も仕事の様で、私が見かけることはありませんでした。
もとより、私はヒトミの部屋で生活しており、お母さんはこの部屋へは一度も入っては来なかったのです。
時々は、「親戚」という名のおばさんが、来てくれていましたが、彼女は、自分のことは全て、自分でやっていたのでした。
ヒトミが私を部屋から出さないのには理由がありました。
『君たちネコってね、車に轢かれそうになった時、固まって動けなくなるんだって。だから、カズは、ここから出ちゃだめだよ。』
以前、家の前の道路で、車にはねられて死んだネコを見たことが、彼女の脳裏に強く残っていたのでした。
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