23人が本棚に入れています
本棚に追加
/86ページ
いや、嫌です!
兄さま、私を置いて行かないで!
辺りが闇に支配されている森の中、少女の声が響きわたる。
少女の悲痛な叫びを、獰猛な雄叫びがかきけした。
少女の真ん前に立ち塞がっている2本の角の生えた黒い固まり。その物体が血に飢えた紅く光る瞳で、少女の腕の中で今まさに息を引き取った男を映す。
「―――!」
離れた場所で、腕から血を流している男も何か叫んでいる。だが、よく聞き取れない。
この男に、用はない。
…いや、少女の腕の中で永遠の眠りについた男にも、用も、興味も、なかったはずだ。
なぜ、こうなった?怪物の前に姿をあらわさなければ、死なずにすんだのに。なぜ、自分の前にいるのか?
暴走している怪物に近付くなど、自殺行為だ。
弱い生き物である人間に、怪物を倒せる者などいはしない。
ふいに、少女が立ち上がった。
足にうまく力が入らないのか、少しよろけている。
「……私が、やらなきゃ、いけないの…」
少女が、自分にしか聞こえない声で呟く。
スッと黒耀石のような黒い瞳を、怪物に向ける。幼い少女と、黒い怪物の目があう。
怪物は、なぜか怯んだように一歩後ろへ下がった。
捕えられたように、少女から目を離すことができない。
最初のコメントを投稿しよう!