蘭の咲く季節に

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「じゃあまたね凪砂、 いつ会えるかわかんないけど」 伊涼は名残惜しそうに、彼女を抱きしめた その肩を優しく撫でて言う 「近いうちに会えるわよ、 今度は仰ちゃん達と一緒に おいでよね」 伊涼は何度も彼女に手を振り、数十万の兵と共に、北方へと帰って行った 「閣下、右天様が御面会を所望されておりますが…」 「あら、天さんが?」 政務に勤しんでいると、突然の来訪者が来た 「急ですみません蘭さん、 お忙しい所……」 「いえ、私も丁度、天さんと お話したいと思ってたのよ」 スラリと細い長身、そして妙に大きい帽子が印象的だ 彼は眼の前の椅子に腰掛け、 帽を机に置いた 「蘭さんが、先帝の回想録を お書きになっていると聞き、 まかり越したのです」 「あらあら?天さんもご存知 だったの?」 机の下から古びた雑記帳を取り出した 「そんな大した物じゃないのよ…ただ子供達が喜ぶから、思い出しながら書いてるだけなの」 それを手に取り開きながら、 片手で帽子をいじった 考え事をしている時の彼の癖だ 「……実は…私もアイツの事を書きたいと思っていて…… でもやはり、蘭さんの方が 上手く書けそうだ」 彼は頬を掻いて、しわの寄った顔でまじまじと雑記帳を読んだ そんな彼の様子を見て、喧蘭は思わず笑った 「元にも笑われましたよ… 向いてないのかな?」 「いぇ…天さんが、すごく書きたそうな顔をしてたから…」 ふと、二人は窓の外に眼をやる 優しい、小鳥のさえずりが耳をくすぐる 「早いものですね…アイツが いなくなってから、もう三十も年を取った……」 彼女はゆっくり頷いた 「私と天さんも、お婆ちゃんとお爺ちゃんになっちゃったものねぇ…」 「妻も同じ事を言ってました…そうしたら無性に、誰かと アイツの話をしたくって…」 「それで私の所に来た…… 裁可も同じだよ」 彼は急に居ずまいを正して、 彼女を見据えた 「すみませんが蘭さん…」 「お付き合い願います」 喧蘭がそう言うと、二人は顔を見合わせて笑った
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