久藤 謙司

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  医師の判断で、お兄ちゃんはICUから一般病棟へ移った。 そこには心電図も呼吸器も設置されていない。 もう何の心配も無いという、お兄ちゃんの未来が約束されたという証明だ。 一般病棟でのお兄ちゃんの病室は綺麗な個室で、大きな窓から太陽の光が差し込んでいる。 お兄ちゃんが負った重傷だけでなく、心の傷も少しは和らげられるような部屋。 「もう直ぐ4月ねー。今年の桜はいつ頃咲くのかしら」 「まだまだ肌寒いし今年は遅いかもよ?」 「確かにねー。4月下旬位になるかもしれないわね」 ママとあたしがお兄ちゃんの入院道具を病室の棚や洗面台に整理している中、お兄ちゃんは上体を少し起こした状態のベッドの上から窓の外の青空を見つめている。 左目だけの狭い視界で、初春の朝の澄み渡った広大な空をぼんやりと眺めてる。 お兄ちゃんは普段と変わらない自分を見せようとしてか極力笑顔を作るけど、時々こういう無気力な様子を見せる。 無意識の内に独りの世界に入り込んでいるみたいな。 全身に重傷を負っていてベットの中から動けないから、外の世界が恋しいのかもしれない。 逆に、外の世界に怯えてるのかもしれない。
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