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浅香まりさは、やや浮かれ気分で夜の街を歩いていた。
高校卒業と共に女優を目指して上京し早二年…ついにドラマの仕事が来た。役は大した役じゃない、走ってくる主人公とオフィスの廊下でぶつかって書類をぶちまける役…「あぁ、何するのよ。」と一言だけ台詞があるが、役名は無い。
ああ、主人公はぶつかる事で私の役と恋に落ちればいいのに、そしたら役にも名前がついて、毎週ドラマに出られるのに…そんなありもしない展開に期待をよせたりもするが、実際名前の無い役でも十分嬉しかった。人生最高の日だった。彼にも知らせないと、きっと喜んでくれる。
まりさはこの夜、この街にいる人間の中で一番の幸せを手にしている自信があった。考えただけで自然とスキップになる。
するとまりさは何かにぶつかった。
壁や柱の様に硬い感触ではなく、それに比べると柔らかい。まりさが見上げると、そこには男の顔があった。
「あっ、ごめんなさい。」
男の胸にぶつかったまりさは、あわてて離れた。
「浅香まりさだな?」
男は表情を変えずに言った。そんな男を見て、まりさは不気味に感じた。
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