第2章 1、≪想い≫

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 智子が帰宅したのは、どっぷりと夜の帳に覆われた午後8時を少し回った時刻であった・・・・  智子の住むマンションは有明の貯木場に画した民営の賃貸マンションで、母子家庭の智子母娘に智子の勤める企業が提携する不動産が特別優遇で提供した3DKのセキュリティー設備の整ったシティライフであった―  「もしもし・・・・薫、どしたの?」  と、尋ねる智子。  智子が薫(かおる)と呼んだ電話の相手は、柳橋の老舗の料亭の次女として産まれ、現在もその料亭の4代目女将として、年老いた父と父娘2人で店を営んでいる幼なじみの親友であった。  薫の母は、薫が女将を引き継いだ年の暮れに、脳溢血で倒れ帰らぬ人となり、57歳の若さでこの世を去った。  喪の明けた翌々年に、当時、番頭だった夫と結婚。所帯を持つ事となったが、夫は売れっ子だった芸者と愛の逃避行・・・・ 離婚して心機一転、女将として決意新たに店の経営に手腕を奮っているのだった―  「えっ、寅兄ぃが帰って来るの?」  と、驚く智子。  智子は、娘の百華と過ごすクリスマスの夜の支度を備えながら、気持ちを高揚させていた。  寅兄とは、薫の父の姉弟の1人息子で、幼い頃から智子と薫の兄代わりとなり、幼少時代を過ごした人物であった──    フリーのカメラマンとして、ひとつの土地に腰を落ち着けず、日本、或いは世界各国を旅する、気ままな風来坊である。  「・・・・ねえ、いつ帰って来るの?  寅兄ぃ・・・・」  智子は子供のように浮かれ、ハシャギまくり、寅の帰京日を薫に尋ねている。  「寅兄ぃ・・・・今、何処に居るの?  ねぇ、薫ッ・・・・」  智子等が、寅と最後に顔を合わしたのは、もう5年も前の出来事である。  ふと、娘の百華を見る智子。  そうであった・・・・  この子が産まれる年に寅兄ぃは、私達の前から旅立ってしまったのであった──
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