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グリッツィーは動揺していた。エマが優秀な生徒であったことは、彼が一番良く知っていたからだ。
「そんな嘘は、吐きません」
エマは意を決したように拳を握る。
胸を覆う不安に、彼女の瞳は潤む。彼女が発する声は、否応なしに揺れてしまう。
「先生……私が魔力を失えば……わ、私は……先生の言う『下等人物』に……なるの、ですか……?」
エマの頬に、一筋の涙が伝った。
グリッツィーは、彼女に何も言えなかった。
困ったことに、無風の時計台の上では、エマの言葉が聞こえなかったふりは出来ない。
エマは続ける。
「私は……魔法使いと人間のハーフでしたから、先天的に潜在魔力が薄かった……。それを無理やり他の力や大きな対価でカバーしていたのですから、こうなることは、予想していました」
エマにかけるべき言葉が見つからないと言う表情で、グリッツィーは彼女から目をそらして遠くを見た。
「時計台が0時を示したら、私の最後の魔力で……世界中の美しい花々を、この街に降らせたいのです」
「花……?」
「今時計台にかけている魔法を解除すれば……ここを無風にしていた反発で、一瞬強い風が吹きますよね。その風に乗せて、“無形有質”を使えば……少なくともこの辺り一帯に、無形有質で作った花を降らせることができるはずなのです」
“無形有質”と言う言葉に、グリッツィーの脳裏には嫌な予感がよぎる。
まさか、彼女は……
「理屈で言ったら……可能だな。ただし、無形有質には対価の他に『核』が必要になる。君は一体、何を核にして無形有質を起こすのだ?」
戸惑うグリッツィーの問いに、エマはさらりと呟いた。
「私の、身体です」
きっと以前から、最後に使う魔法を決めていたのだろう、ためらいもなく、そう言った。
「エマ……無形有質は高度だが、決して完璧な魔法ではない……。君は知っているだろうが……無形有質で出来た物体は、時間が経てば完全に消えてしまうのだぞ?」
「魔法の使えない魔法使いなど、この世の無駄でしかありません。一夜に散らばる花になって、消えてしまいたいのです」
「それで本当に良いのか?」
「これが私の望みです」
「……教師として、自殺を擁護するようなことは出来ない」
「過去に先生の一言のせいで、ひとりの生徒が『無形有質』で消えたのに……ですか?」
グリッツィーは完全に為す術を失った。
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