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目眩がした。
帰り支度をする体勢のまま固まってしまっていた。
「ハァ…それで宗教にハマッちゃったんだ?生爪剥ぐ様な親に育てられたらトシオ君も、あぁなるよねー。」
あのニタニタした笑顔を思い出し、身震いした。
「だね。その宗教に入信してない俗世間の大人とは会話させないんだって。息子が汚れるから。」
トシオ君が喋らない理由も宗教だったのか…。
大人に言い包められて気の毒に、子供に罪は無い。
年端もいかない子供に嫌悪感を抱いた自分を恥じた。
けれど、あの笑顔だけは受け入れられそうにない。
「他の先生とか子供達もクレヨンで小指塗られて怯えてたりするから…注意しなくちゃなぁ」
同僚はテキパキと身仕度を始めながら呟いた。
「子供心に、爪を塗って擬似的にでも仲間って思いたかったのかな…」
私も釣られて呟いた。
信仰は自由だ、だが子供が健全に成長出来る環境とは思えない。
それなりの機関に相談した方が良いのかもしれない。
「かもね。それはそうと、その宗教の言う助け合いってのに必死で、前より生活が圧迫されてるんじゃねぇ…毎日同じ服とかヤバいし。そう言う所は助けてくんないんだ周りは」
いつの間にか外は完全に陽が落ちていた。
早く帰って休もう…明日も、園児達の笑顔を見る為に。
駐車場までは、今夜の食事は何にするとかテレビ番組はどうだとか他愛も無い話をした。
―ピッ
―ガチャリッ
キーレスボタンで開錠を確認し、お気に入りの赤い軽自動車に乗り込む間際、ふと疑問に思った事を思い出し、同僚に声を掛けた。
「そう言えば、やけに詳しく知ってたね?トシオ君ちの話。」
私の隣に駐車して居た同僚も乗るのを止めた。
新車だろうか、ピカピカのランクルが街灯に照らされて居る。
質問とは裏腹に「高かったんだろうな」等とどうでも良い事を考えて居た。
「あぁ、うん。うちの母さん、お節介って言うの?世話好きだからねー」
…?
あ、心配した同僚の母親が、トシオ君の近所の人にでも事情を聞いてみたのかな。
同僚とランクルを見比べながら、そう解釈した。
―ガチャッ
ランクルの運転席が開いた。
微かに線香の匂いがした。
私はまた目眩に襲われる。
「だって、ねぇ?助け合いって大事じゃない。」
同僚は、トシオ君と同じ笑顔だった。
ランクルを照らす街灯には、夏になると蛾が群れる。
「お疲れ様。」
動けずに居る私に振られた同僚の手。その小指には絆創膏が巻かれて居る。
私はランクルの走り去る音を、ただ静かに聞いて居た。
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