第一章

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 最初に目を付けたのは、すぐ側のパン屋のショーウィンドウに目を通している、良く言えば恰幅のいい、悪く言えば太ったおばさんだ。どのパンを買おうか迷っているのだろう。左手のハンドバッグが疎かになっている。ニコは目を動かすだけで周りの状況を確認し、獲物との距離を目算した後、自分のバッグのボタンを外してその口を開けた。財布を素早くその中に収めるためだ。 すると次第に拍動と息遣いが速くなった。幼い頃からスリをしていても、これだけは一向に慣れる気配はない。緊張で心臓を握られたような感覚に襲われつつも、ニコはゆっくりと乱れた呼吸を整えた。そしてもう一度距離と手筈を確認したあと、獲物を狙う蛇のように静かに近寄った。 徐々に距離が縮んでいく。それと同時にニコは全神経をおばさんの方へ向けて―― おばさんの側方を通過した。 歩く速度が自然と速くなりそうになるを抑えながら、ニコはその場から離れた。おばさんの姿が完全に見えなくなったところで自分のバッグの中を覗き込む。そこには緑の革の長財布が横たわっていた。 「……よし!」 自分の胸に大きな達成感が生まれるのをニコは感じた。自分の顔が弛緩しそうになるのを、ぐっ、と堪えながら、バッグの口を閉じる。  今のニコにはどんなに難しいこともやり遂げることができそうな気がした。仕事に一段落したときは決まってこのような気持ちになる。と同時にラッシェの言葉を思い出す。 “一般街から離れるまでは絶対に気を抜くなよ。警察に見つかるぞ” しかし今日のニコはいつも以上に気分が良かった。先程のおばさんは、実は前々から目をつけていた獲物だったのだ。スリが成功したという達成感と自分の思い通りになったという満足感が重なって、ニコの膨張した興奮は収まらない。そんな状態でニコは次の獲物を発見した。
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