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「・・・ほう、つまりお前は私に喰われてこいと言いたいわけか、院長」
「まぁ待て夜爪(やそう)よ。確かにあの聖水は闇天の主の物だが・・・何もお前自ら行けとは言っていない。その娘を闇天の主の所へ向かわせる、後はその娘に任せればいい」
「葬られるやも知れんぞ」
それは無責任だろと目で訴える夜爪に対して小屋の主は冷めた眼差しを向けた。
「俺は診療所を受け持った者だが廃れた心しか持たない人間を擁護する気はない。その娘も廃れた心の種だ」
「だが与える水、環境によって花は姿を何通りにも変えるものだ。頼む」
「・・・わかった、こちらで出来る限りの処置を施す。歩けるぐらいになれば闇天の主のとこまでお前が案内しろ」
根強い夜爪の態度に折れてしまい嘆息をついて少女を抱えて手術室に向かった。夜爪も後に続いた。
中は診療所そのものだった。僅かに鼻をつくアルコールの匂い、並べられたベッド。棚には薬品と医学書が入っていた。
しばらくして、手術室から白衣を来た院長が出てきた。額にはうっすらと冷や汗が浮かんでいた。
自分の机に白衣を置きどっかりと椅子に座ると頭を掻きながら結果を述べた。
「外傷は酷いが幸いにも内部を傷つけるまでには至らなかったようだ・・・が、脱水症状に栄養失調、それに頭をぶつけたのか頭部にも若干切り傷がある──生きてるのが不思議なくらいだ」
「手遅れでは無かったのだな」
「まだ安心はできない。何せ幼い身体にあれほどの傷だ、一応手は尽くしたが正直成功とは言えんよ。おまけに・・・人間だからな」
「すまない、無理をさせた」
「なに、お前の熱意に折れたまでさ。それにいい経験が出来た、俺達と人とは身体の作りは違うが案外近い物だったんだってことが分かったんだ」
どこか爽やかさが窺える表情を暫し呆然と見ていた夜爪は苦笑に口を歪めた。
「これで俺が出来ることは終わり。どうする、泊まっていくか」
「いや・・・ん、そうだな。迷惑でないならそうさせてもらう。では巡回に戻る、帰ってくるときはなるべく音を発てぬよう心掛ける」
「あぁ、俺はお前とは違い夜は眠いんだからな。んじゃ、行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってくる」
窓を開け、夜空へと飛び立った夜爪を見送った後、少女が眠る部屋に戻った。
「この俺が無償で手当てしたんだ。死ぬんじゃないぞ」
隣のベッドに潜り込んで目を閉じる。慣れぬことをしたな、と心中に呟いて眠りに就いた。
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