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Ρ
豊饒の大陸デュバルム。
そこは緑豊かな自然が広がり、大地の恵みがそこで暮らしを営む人々の生活を優しく包み込んでいる。
無論、そんな大陸の各所には、人々が足を踏み入れることがない未開の地が多く、不思議さを現出させるそれらの環境が、人々の感情を高ぶらせる。
そして、好奇心を震わせる冒険者は、大陸中を己の目的のために旅を続け、それぞれの道をただ気の向くままに進んでいた。
……。
「うわっ!!」
「グハッ……」
そんなデュバルム大陸のとある森の奥地……。
旅慣れた者でなければ、簡単に道に迷ってしまう自然の大迷宮の真ん中で、二人の男達が宙を舞い、勢いよく地面に叩きつけられた。
ともに旅に慣れた装備と風格に満ちており、辺りには彼らの荷物が散乱している。
そして、地に倒れ込んだまま、二人はうめき声を上げながらも目の前のある一点を睨みつけていた。
「あらら、人のレア物を強奪しようとする奴らにしては、意外と根性がないね」
そんな彼らの視線の先には、何事もなかったように言葉を告げる一人の青年の姿があった。
癖のついたボサボサの紫髪に、袖部に無数のベルトが巻かれた藍色のジャケットを身につけている。
腰のベルトには、金属製のブックカバーがかけられた百科辞典ほどの分厚い古書が鎖で吊されている。
そして、手にしていた鍵状の凹凸のある長剣を、ページ間へ栞のように挟み込んだ。
「俺からレア物盗もうなんて真似はできないんだって。よく覚えとくといいよ」
どこか余裕に満ちた表情を見せるその瞳は、足元の二人を悠然と見下ろしている。
躊躇いや同様さえ見られないその言動は、戦い慣れした旅人のようにも感じられた。
そして、彼は満面の笑みを浮かべながらそう告げると、何事もなかったかのように歩き出し、林の中へと姿を消していく。
「クソッ、コレクターが……」
……。
木々の下に残された男の口から微かにそんな言葉が漏れる。
全てを奪って闇に帰っていった悪魔を後ろ指指すかのような罵声が、視界から消えた青年に投げつけられる。
その言葉は、まるで全ての者に非難され、罵られるかのように木々の闇に響いていた。
…―
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