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次の日の朝を迎え、妙子は会社へと歩き出す。
季節は春。
日差しは暖かく、柔らかい。
妙子は振り返り、古びた白いアパートの、二階の部屋を仰ぎ見た。
そこは妙子が、出てきた部屋である。
一郎はおそらく、未だに夢の中だろうか、二人の朝はここ数年、常にすれ違う。
昨夜のスウェット姿とは打って変わり、ピシッと一部の隙も無くブラックのスーツを着こなす。
左の襟には、几帳面に正面を向いた、金色の社章が輝く。
暖かな春の風が、妙子の黒髪をそっと揺らし、彼女は凛とした足取りで、会社まで歩き出す。
会社までの道程、等間隔に並んだ桜が見事なまでに咲き誇り、普段の殺風景な町の姿を鮮やかに彩る。
毎年春になる度、妙子は驚く。
世間にはこんなに沢山、桜の木があるのだ……と。
しかしいずれかは、花びらも散り、再び桜の木の存在ら、忘れられてしまうのだろう……
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