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馬丁は少しだけ目を見開いた。
「……これはこれは」
持っていた鋤を置くと、頭の柄布を解く。
ふわりと頭上に赤いバンダナが揺れ、すっと跪いて頭を垂れた。黒髪がはらりと前に流れる。
おや、とフレデリカは思った。
馬小屋の召使いにそぐわぬような優雅な動作に見えたからだ。
「無礼をお許し下さい。今の今まで皇姫様にご拝謁頂ける機会がありませんものでしたから」
「……顔を上げてよい」
フレデリカの言葉に男は顔を上げる。
吸い込まれそうな深い墨色の瞳を見つめた。
「お主、出身は」
「第3区でございます」
「エクリスタだな?」
「は」
「ふむ。用というのはだな、馬術の指南を頼みたいのだ」
「……は?」
「姫!」
焦燥の声をあげたミシュアを手で遮り、フレデリカはぽかんとした顔の馬丁に続ける。
「お主の民族は馬術に秀で、馬の心を手に取るように解することが出来るという。私はまだ人の手に引かれた馬しか乗れぬのだ。どうだ、その技術を一つ私に教えてはくれぬか」
「いえ――ですが」
馬丁はちらりとミシュアの方を見る。
ふん、とフレデリカは一瞥し、再び向き直る。
「聞けばお主の一族、大昔に騎馬を率いてゴルゴタ一円を支配していたと言うではないか。我が国にかしずいたとて太古から培ったその能力、一城内で朽ちさせるには惜しいものと思わぬか」
ぺらぺらとまくしたてる彼女に、騎士も口を挟めない。
馬丁の男は黙って聞いていたが、やがて「姫殿下のご要望とあらば」と再び頭を下げた。
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