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何もこちらから近づいてやる必要はない。
気づかれたことを悟った奴らは既に殺気を隠そうともしていないのだから、待てばやがてその姿を現してくれることだろう。
自然と腰に下げた剣の柄に手が触れる。
瞬間、高揚と期待とが入り混じった澱んだ感覚が全身に広がったが、俺は心臓を握り潰すくらいに自分の胸を鷲掴みにすることでどうにか堪える。
これは力ある者が持ってはいけない感覚だ。
そして俺が戦いを、人を斬ることを心の奥底では望んでいる証拠でもある。
ずっと頭ではこれがそうであることを否定してきていたのだが、最近はもう心の方が折れ始めている。
認めた方が楽になるぞと、俺の中の別の誰かが甘く囁き掛けてくるのだ。
だが、これを認めてしまった剣士はもはや単なる戦闘狂に過ぎないだろう。
そのような男が、弟子など持っていいはずがないのだ。
だからせめてナユが一人前に育ち切るまでは、この破壊的な衝動を否定し続けなければいけない。
剣の師として、ナユのそばに在り続けるために。
「来た、か」
そんな決意とは裏腹に、口にした言葉はあくまで冷徹で。
人を斬ることを一切躊躇わない自分を、俺は許容していた。
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