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翌日、朝から空は突き抜ける様に高く、くすみの無い硝子細工の様に青かった。
ビル風も適度に心地よく、絶好のインベント日和を演出していた。
イベントでの雛子の役割は「マネキン」である。
そう、雛子は中堅の化粧品会社に勤務している。
素顔の愛くるしさとはうって変わり、化粧映えした雛子の容姿は、美貌を兼ね備えた、クールな大人の女性そのものである。
数人のマネキンの中でも、彼女の美しさは特別異彩を放っている。
新商品の街頭イベントに備え、雛子のメイクに抜かりは無かった。
業務用に鍛え上げられたその笑顔は、多くの男性を魅了するが、仕事上、同姓の目に止まららなくては意味がない。
皮肉なことに、同姓を気遣う言葉遣いや身振りは、益々、同僚をはじめ、身近な男性達を惹き付けた。
街頭プロモーション用に集められた呼び込み役の女性達が、大きな声を出し始める。
その声に急かされる様に、雛子の表情も日常のものから業務用に切り替わる。
道行く何人もの男女が雛子に目をやり、羨望や嫉妬の眼差しを向ける。
今の雛子には、そんな視線は殆ど気にならない。
と言うよりは、意識に登らない。
「マネキン」の役割を演じる雛子にとって、見られることは、ごく当然の日常である。
しかし、雛子も生身である。
時間に伴い、百戦錬磨の笑顔も窮屈になりだす。
喉の渇きも、紛らわし辛くなる。
一息入れられる予定の時間まであと僅ではあるのだが……
と、40歳半ばであろうか。
引き締まったスーツ姿の男性が、イベント責任者と何やら話す姿が目に入った。
すぐに男性は何気ない風景の一部に溶け込む。
疲れを感じ始めていた雛子は、軽い仕草で腕時計を見る。
腕時計から目を話した瞬間であった。
それは、仄かに感じた視線。
見られているのか、自分が見ているのか……
曖昧な感覚が、不確かな気分を呼び込む。
(さっきの男の人だわ。)
(チラチラと私を見てる。)
(いや、そう感じるだけ?)
注目が常の雛子にとって、その視線はくすぐったくもあり、心地よくもあった。
(あの人、誰なのかしら?)
些細なことから、「興味」は生まれた。
しかし、それは雛子にとっては、いつもの「気儘な好奇心」と対して変わりはしなかった。
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