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そこは、「打ち上げの場」と呼ぶには洒落すぎた場所であった。
片山の行き付けと紹介されたその店は、料理は勿論のこと、食器といい、内装といい、全てが「高級」を主張していた。
マネージャーと呼ばれる男性の物言いにも、接客担当のボーイの気配りにも、雛子の日常にはない「窮屈さ」を感じる。
この居心地の悪い上品さに、自然体で馴染んでいる片山は、やはり自分とは違う人種に思えた。
恐らく、自分と同じ気分を味わっているだろう取り巻きの社員達。
彼らの、「私は場に馴染んでいますよ。」と言わんばかりの無理なポーズが妙に可愛く思われた。
(あ、でも、私もそんな風に見えてるんだろうな。)
と考えると、何故か他人事の様に可笑しかった。
再び片山に目を向けた時、雛子の視線は、正に自分から逸れようとする瞬間の片山の瞳をとらえた。
(やっぱりこの人、今も私を見てた。)
雛子の、片山に対するもどかしい気分は、居心地が良いとは言えない食事時間の程よいスパイスになった。
(たまには、こんな雰囲気も悪くないな。)
快と不快が交差する楽しみ。
軽めの快適さを選び続けてきた雛子には、片山は単純ではない大人の印象を受ける。
それが、片山が本当に携えているムードなのか、単に雛子が店の雰囲気に呑まれているだけなのか、今の雛子には判断がつかなかった。
食前酒に、料理に合わせて運ばれてくるワイン。
食事をしている筈なのに、かなりのアルコールをとった気がする。
雛子の顔は、仄かに赤らみ始めていた。
その絶妙な表情の弛みは、雛子に別人の魅力を与えている。
心なしか、皆の視線が頻繁に雛子に向けられ始めた気がする。
雛子に交錯する視線の中で、何故か片山の視線だけが、むずがゆかった。
その視線に痺れを切らし、敢えて意識を反らそうと試みた途端に、片山の身振りが目に付き始める。
料理の上でナイフを揺らす仕草、フォークを口へ運ぶ仕草、料理を味わい、グラスに手を伸ばす仕草、全ての仕草に洗練されたスマートさを感じた。
それらの全てに、若さには無い魅力がある。
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