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料理も堪能した。そして、一時の些細なアバンチュールも。
そう、片山への関心も、肌をくすぐる微風程度の心の浮わつきも、雛子にとっては、ほんの一瞬の余興に過ぎないと思われた。
明日からは、また、正社員になる、という目標はあるが、切実とまでは言えない仕事や、仁との真剣ではあるが、流行り遊びの様な軽快な交際に、適度に満足しながら過ごすことになる。
他の異性への浮わついた気持ちを「浮気」と呼ぶにしても、今日の片山への気持ちの揺れは、恋人である仁に対して罪悪感を感じる程のものではない。
(こんな浅くて軽い恋愛ムードを楽しむために、男の人はスナックやクラブに行くんだろうな。)
男性の「遊び」に対する理解が妙に深まったことだけが、今日の雛子の成果だったのかもしれなかった。
その時である。またもや片山と目が合った。
何故だろう?今度は片山は瞳を逸らさない。
そして、その時、確かに、片山は小さな溜め息をついた。
その場の人間達の中で雛子にしか気付かれない、小さな小さな片山の表現である。
見過ごされそうなくらいに僅かに左右に振られた顔から洩れ出した、極々小さな溜め息は、その訳を誰かに解釈されようと自己主張はしなかった。
ただ雛子の感受性がそれを過多に受け止めてしまったのだった。
(あなたのその溜め息の訳は何?)
(それは、私に向けられたものなの?)
初めて恋に出会った幼女の様なその戸惑いは、束の間の筈の心の波立ちを、深く振るえ続ける弦の共鳴に変えた。
それを、それさえを見さえしなければ、雛子は相変わらずの日常を守れた筈なのに。
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