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視界に飛び込む橙色。空には夏の夕陽が輝いて、それを乱反射させた海は眩しく煌めいている。
水平線に浮かぶ巨大な入道雲がひどく儚くて、君と過ごす時間が壊れてしまいそうで。
ふたりの指が僅かに触れる。
君は何も言わず、その白く細い指で俺の手をぎゅっと握った。まるで、離さないと言うように。
それに呼応して俺は指を絡ませた。体温が重なる。お互いが決して離れぬように、と最大限の願いを籠めて。
それは細やかな抵抗。ちっぽけな俺に出来る、理不尽で意地悪な神様に抗う唯一の手段。
俺たちはここにいる、と。
もし時間を止める方法があるなら。左回りの時計があるのなら。
願わくは。叶うのなら。君と離れることなく、永遠に一緒に――そんなことなどあり得るはずないとわかっているのに。
俺は。君は。必死で願った。
刹那。静寂。停止。
虫たちのアンサンブルが止み、波の不規則なリズムだけが、俺たちふたりの世界を支配した。
俺たちは何一つ言葉を発することもなく、ただ海を眺め続ける。本当にふたりの時が止まってしまったかように。
他に何も要らない。
俺には彼女だけがいればいい。
頬を涙が伝った。
「 」
俺は君の名を呼ぶ。
溢れる言葉を押さえ込んで。
俺たちの未来は決して交じらぬことくらい理解しているから。
「 」
君が俺を名を呼ぶ。
「 」
気付けば俺は彼女を抱き締めていた。
華奢で、今にも空気に溶けて消えてしまいそうな、儚い彼女。
腕の中でその身体は小刻みに震えていて、その浅い吐息が首筋にかかる度に、俺は強く彼女を抱き締める。壊れてしまわぬように。
「 」
俺たちの想いは互いの心に共鳴して、だがふたりの願いは――神様へと届くことなどない。
「 」
言葉と同時、君は俺の腕の中から擦り抜けていく。
俺は再び君を抱き締めることも出来ず、去って行く彼女の背をただ――。
「 」
それは、約束の言葉。
それは、別れの言葉。
彼女と送った毎日は、まるで刹那の夢のように儚く、幸せで。
もう一度、愛し君に巡り逢えるのならば一一。
そんな願い、あんな神様には決して届きはしないだろうけど。
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