違っていくこと

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違っていくこと

 お互いの就業時間をメッセージで確認しあい、いつもの駅の改札で待ち合わせた。  約束の18時になっても遥は現れなかった。  遥が時間に遅れるというのは今までなかったことだった。  心配になってスマホを取り出し、メッセージしてみようと思ったところで、後ろから遥かに抱きつかれた。 「丞ちゃん!」 「なんだよ、びっくりしたよ。遅いからどうしたのかと思ったよ」 「なーんか全然びっくりしてないみたい。遅くなってごめんね」  遥はそういうと僕の手を取って歩き始めた。ちょうど改札から吐き出されてくる人たちの流れに、僕も遥もうまく動く事ができなかった。とくに遥は人混みが苦手で、人の流れについていけずによくぶつかった。  それでも僕たちは何とか改札の流れから脱出し、出口に向かうと、安堵した様子で遥が溜息をつく。 「ホント人混みって苦手」 「そろそろそれにも慣れないとね」  僕たちは手をつないだまま駅を出た。そして駅のすぐ目の前の交差点に差し掛かった時だった。  右往左往して何か困っているお婆さんを見つけた遥は僕の手からするりと離れ、すぐにお婆さんに駆け寄った。  僕は唖然と遥の背中を見つめた。  今までも遥が困った人に手を差し伸べたこととはあったが、こんなに素早く進み出ることはなかった。いつもならどうしようか? 手伝った方がいいかなぁ、などと散々迷ってから動き出すのが常だった。  どうやらお婆さんは目的地への方向を見失っていたらしく、遥がその方向と道順を教えると、問題はすぐには解決したとのことだった。 「珍しいね、遥があんなにすぐに駆け寄るなんて。いつもなら散々悩んでから助けに行くのに」 「えへへ、この時を待っていたのよ」 「何それ?」 「私のおせっかいの先の先に、優しい世界が待っているのよ」 「分かるけど、解らないよ。なんだよ、それ?」 「丞ちゃんの今の受け答えの方が、何それよ!」  僕たちはお互いに笑った。でも本当に分かるような、解らない話だ。それにしても、先の先のだなんて、ついこないだの木村さんの教えにも通じるものがある。よく解らないけれど僕はなんだか嬉しくなった。先の先の優しい世界。うん、すごくいい。  訳もなく繋いだ手をぶらぶらと揺らしながら、僕達は歩いた。そのせいでまた遥は目の前から来る人にぶつかりそうになり、舌打ちをされる。それには遥はすぐに振り返り、文句を言いたげにはしたけれど、結局は呑み込んだ。いつものことだ。  僕は遥に言う。 「ごめん。僕がぶらぶらさせたからだ」 「違うよ、あの人酔っ払ってた」 「まあまあまあ、僕たちが横並びなのがいけなかったのかも」  いつものスーパーでビールを買い、スナックタイム用のスナック菓子については、今日は遥が選びたいとのことだったので、僕は快く任せることにした。  遥の実家でいつものように食事をし、スナック菓子を食べながら順子さんも交えて楽しく会話した。いつも僕は終電の少し前には遥の家を出る。  玄関先で次の休日は何処かに出かけようかと提案すると、遥かは嬉しそうにはしゃいでいた。  それにしても夕方の遥の行動の速さには正直驚いた。酔っ払いとぶつかりそうになった一件でつい聞きそびれてしまったけれど、先の先の世界に遥を(いざな)うことになったきっかけはいったい何だったのか。大学入学から僕たちは何かにつけずっと一緒だった、でも本当に少しずつ違ってきているのかもしれない。就職先(しか)り、その中で学ぶもの然り。  違ってきて当たり前なのだけれど、その時の僕には、何故かその事で不安な気持ちに(さいな)まれていた。  列車の窓に映る自分の顔は、もう学生の頃とは全く違って見えた気がした。
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