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その回もカイザースは凡退。続く三回も、下位打線は全て伊坂の速球の前に捻じ伏せられていった。
一回りを終え、カイザースは無得点。それどころか交代した伊坂を前にヒットを一打も打てていない。昨日までの勢いを考えれば、完全な失速に陥ったといえる。
カイザースベンチは当惑していた。自分たちにとって逆風となる流れが徐々に生まれつつあるのを、鋭敏に察していたからだ。
「No,no,no.……クッソウ何故打てん、あんな早いだけの球ガ」
四回。この回先頭の一番打者も、伊坂を前にきりきり舞いしている。それを見てドリトンは苛立ち露わに呟いた。
それを見かねた友沢が、横から口を挟む。
「あんた分からんのか。どうして誰も伊坂を打てないのか」
「ナニ?」
言い様が気に入らなかったのか、ベンチを蹴って立つドリトン。身じろぎもせず友沢は横目に見る。
「気に入らない口ぶりだナ。まるでオマエだけが分かっているかのようじゃないカ」
「別に俺以外にも察しの良い奴は分かってる」
「では、何だと言うんダ。……俺を除け者にするナー!」
一人でボルテージを上げていく怒れる外国人を前に友沢も辟易したが、このままにするのはチームムードにも関わる。そう判断した彼は嘆息したのち、注目する一同の前に出ると話を始めた。
「簡単に言う、伊坂の球は一五〇キロ台なんかじゃない。……体感は一六〇以上だ、今の俺達にとってはな」
「な、ナニ。ホワッツ、どういう意味ダ?」
「先の二戦、俺達は大量得点で圧勝した。打席は何回巡った?俺は二日間で合計十三回は打った……中途退場したあんたも十打席は打ったろう。遅い球に馴らされた、これが今裏目に出ている」
友沢が言うのはこうだ。一・二戦目でカイザースが打ち込んだバルカンズ投手陣は、いずれも一三〇から一四〇台の並以下の球速だった。全員がそれと十打席以上も対決したのだ、そこへ今日になって急遽の伊坂登板。目が遅い球に馴らされたところへ、球界髄一の速球派が全力で投げ込んでくればどうか。さすがの強打線といえども、容易に対応が追い付くものではないというものだった。
「成程な。俺達にとって思わぬ伏兵だったと言うこと、まさか伊坂が登板してくるとは俺も見抜けなかった」
黙って話を聞いていたカイザース監督、猪狩が唸る。
彼にしても伊坂の登板は想定外で、寝首を搔かれた格好だ。先の二戦で作った余裕ムードを思いもよらぬ形で覆され、監督としても忸怩たる思いを味わっている。
――グキン。
グラウンドで詰まった音が聞こえる。勢いのない打球が、セカンドフライと消えた。平行カウントまで粘ったカイザース一番打者が打ち取られたのだ。
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