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(へっ。効いてる効いてる……俺には不本意だがよ)
ベンチへ小走りで引き揚げながら、深刻な面持ちの友沢を傍目に伊坂は忍び笑いする。
本来、直球にシュート回転が混じるのは伊坂にとって本意ではない。シュート回転は投手の制球とフォームに不調があり安定していない時に生ずるものだからだ。
現に今、伊坂は本調子ではなかった。それもそうだろう。丸岡の失踪以降、降り掛かってきた監督業に忙殺され、本業の先発投手ローテーションを担うどころではなくなっていたからだ。
そんな只中での、久方ぶりの奇襲登板。元来からの勢いに任せた豪速球でカイザース一巡目は捻じ伏せた。そして二巡目も、シュート回転を逆手に取った“誤魔化し”が思いのほか一定の効果を挙げつつある。球速もさほど変わらぬ中でシュートを織り交ぜられるのは、ただ単純に、打ちづらいのだ。伊坂の球速に追従せんと躍起になっている今のカイザース打線に、これは慮外の向かい風を与えている。
「グヌウゥ――!こ、小細工ヲ!チョコザイナ真似ヲ――!」
『ドリトン芯を外されたァぞ!打球はセンター後方……捕ってアウト、センターフライに打ち取った!』
「なぜダ――――!!??」
次の回先頭のドリトンも凡退。そこから続く打者達も退けていく。
単純にして思わぬ形で嵌った伊坂のピッチングは、昨日まであれほど猛威を振るったカイザース打線を抑え込み、封殺していた。
そうして素早い展開で試合は進み――気が付けば、七回にまで突入する。いよいよ終盤戦だ。
「Shit!俺達が六回まで一点も取れないトハ……!」
「してやられた。が、それもここまでの事。先の二打席で幾分か慣れた。伊坂に疲れも見えてきた。……巻き返すさ」
カイザースもいよいよ本気だ。このまま抑えられたとあってはプライドが許さない。ドリトンや友沢ら主軸打者らは三巡目こそ打ってやろうと執念を燃やし始めた。
「そうだ、我々カイザースの力を見せつけねばなるまい。ここからが本番、教えてやれ、レ・リーグの帝王の力というものを!」
大層な台詞回しで、監督猪狩がベンチを激励する。カイザースの面々は言葉もなく頷き、各々が自身のプライドを改めて認識する。
最期のシーズンと揶揄されるこのペナントレース。一戦たりとも不甲斐無い戦いは出来ない。よって何としても伊坂を打ち崩す、三巡目の打席で――。
そうして七回の表、いよいよ試合が動きを見せる。
この回先頭となるカイザースの二番打者。彼は打ち気を醸しつつも意表をついてのセーフティバントを放つ。
『い。いきなり、バントだ――――!?』
「んなろぉ!?」
さすがに不意を突かれたか。三塁線を転がった球に、いの一番に飛びついて送球した伊坂だが。一塁のタイミングは際どくもセーフ。内野安打を許す。
ノーアウト、一塁!
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