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かつての栄光を、再び現代野球で「天覧試合」として再現しようとしている。それも、プロ野球新時代の幕開けとなるこのセ・パ・レ・オールスターという舞台においてである。それこそが、NPBがこのオールスター・ゲームに威信を賭けた目的だった。
そのNPBの磐石の策は功を奏し、オールスター前からの前評判は上々。テレビや新聞、週刊誌などもこぞって関連特集を組み、一度失われていた野球人気は間違いなく再燃の揺らめきを灯しはじめていた。
……そのはずだった。
『これもボール、これで三者連続フォアボール!九回裏、二死ランナー無しに追い込んでの勝利目前から、とんでもない展開になってきました!これで二死満塁です!マウンドの投手、一体どうしたのか、ストライクが入りません!』
だが現実は実に皮肉なものだった。私がそのとき予感した事態は、確かな恐れへと変わる。
(なぜ、なぜこんなことを)
私は中継映像の向こうに、たった一人でマウンドに立つ男へと、悲痛に訴えた。男は私の心の叫びなど当然聞こえるはずもなく、次の瞬間にはセットポジションから一球を投じようとする。そのモーションが、ひどく狂ったものに見えた私はより一層戦慄した。
(なぜなんだ、答えてくれ――)
オールスター第一戦、九回裏、オール・レ・リーグの守備。二死満塁。カウント無し。試合開始より三時間半を経過した直後の出来事であった。マウンドに立つ男は、力一杯に、テレビの向こうで白球を投じた。
その一球が、運命の分かれ道となる。
その一球が、全ての悪夢の始まりを告げる。
放たれた白球はホームで身構えた捕手の遥か頭上高くに逸れていった。刹那、球場にアッという悲鳴に似た声が轟く。次の瞬間にはそれはけたたましい怒声へと総変わりした。テレビのスピーカーが音割れするほどに。
隙を見た三塁走者が疾走し、一直線にホームへ迫る。あわてて後逸球のフォローに向かった捕手のカバーに入ろうともせず、マウンドの男は呆然とその一部始終を突っ立ったまま見ているだけだった。あとに球場に残ったのは果てしない混乱・混迷の声、声、声。
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