タカシとマナミ

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片瀬に入ってと言われるまで、自分が教室の前で足を止めていることに気が付かなかった。 悪い、と一言添えてから扉を開く。 「あそこ、扉から3列目の前から5番目の机が私の席」 片瀬の示した場所へと歩く。 その席は窓から差し込む月明かりに丁度いい具合に照らされていた。 もちろん片瀬の席だけが照らされていたわけじゃない。 ただ照らされている席の中心が片瀬の席だったというだけ。 なんとなくそれが嬉しい、そんな気がした。 「一旦降ろしてくれていいよ。さすがに重いでしょ」 そんなことないと言ったが、片瀬は私が気になるのだと、半ば強引に俺の背中から降りた。 「あれ? 片瀬立てるの?」 俺の背中から降りた片瀬は、なんの躊躇いもなしに地面に足を付けた。 「無理をすればね。長い時間歩くのは痛いかもだけど、このくらいなら平気だよ」 そう言って微笑んだ後、片瀬は自分の机の横に掛けてあるお弁当包みみたいな物を手に取る。 「それが片瀬の言っていた忘れ物? 一体なんなの? 恐怖や好奇心を打ち消すものなんでしょ?」 俺がそう言うと、何も答えずに包みを開き、その中から何かを取り出して、机の上に置いた。 錠剤だった。 俺のよく知っている頭痛薬や風邪薬のそれとは、どうも違う。 嫌な予感が脳裏をよぎった。 「おい、まさかこれって…」 「違法な薬だと思ってるならハズレ。残念ながら私にはそんな薬を買うお金もないし、買い方も知らない」 知っていたら、お金を持っていたら、もしそうだった場合片瀬は、どうしていたのだろう。 「じゃあそれ何?」 俺がそう聞くと片瀬はケタケタと笑い出した。 「じゃあってことは、やっぱり私がそんな薬を所持してるって疑ったんだね」 自らの心臓の鼓動がはっきりと聞こえた。 自分の言葉に相手を不快にさせるものが混ざってしまった後悔もそうだが、何よりそれでも愉快だと言わんばかりに笑っている片瀬に体がブルッと震える。
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