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片瀬の眉がピクリと上がる。
俺にはそれが怒りなどではなく、困惑しているように見えた。
「じゃあその前に私の質問に答えて。焔君は何で嘘を付いたの? なんであの病院にいたの?」
嘘を付いたことに特別な意味などない。
ただ、そっちの方が何も知らない素振りがしやすいと思ったからだ。
そして何も知らない素振りをしたかったのは、虐めの記憶をわざわざ思い出させる必要もないと思ったから。
病院に行った理由は、ただの後悔と謝罪の為だ。
そう。今、片瀬に言う言葉は決まっている。
「ごめん、言えない」
一つの理由でも話したら虐めのことにまで触れてしまう。
それだけは避けなければならない。
片瀬の表情を伺うとどうやら納得出来ていない様だった。
「じゃあ私も答えてあげない。別に取って食おうとかそんなこと考えてないのに」
片瀬の不機嫌そうな顔は初めてみた。
こんな状況でも後は喜怒哀楽の哀の部分だけだな、なんてくだらないことを考えていた。
片瀬が本気で怒っている訳じゃないと感じ取ったからかもしれない。
確かに顔は少し怒っているが、それはオモチャを横取りされて膨れっ面になっている子供を思わせる純粋な顔だった。
「ごめんな。言えないとか、明らかに意味深なこと言っちゃったけど、本当は意味なんて何もないんだよ。ただ、なんとなく嘘付いちゃってそのままズルズルとなっちゃっただけ」
なるべく陽気に語りかける。
『言えない』って言ったのは失敗だったかもしれないな。
勘のいい奴なら逆にそれで気付いちまう。
「…いいよ。納得してあげる。もう帰ろう?」
表情を見る限るまだ納得出来ているとは言えないが、それでもさっきのような冷たい表情ではなくなった。
「あぁ、帰ろう」
その時だった。
やかましい目覚ましの様な音が教室内に響き渡った。
いや、正確に言えば校舎全体に鳴り響いている。
廊下に出てもボリュームが変わらないことでそれに気付く。
「何!? 焔君なにしたの!?」
片瀬はこの音の原因が俺によるものと勘違いしたのか、かなり慌てていた。
「これって火災ベルの音に似てないか…?」
俺は振り返り、床を這ってこちらに向かっている片瀬に問いかけた。
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