セイジとイクヤ

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朝食を食べていると何事もなかったかのように早紀がリビングへと入って来て笑顔を見せた。 「おはよう、お兄ちゃん」 まるで今日、初めて顔を合わしたかのように振る舞う。 そんな大人な対応に胸が苦しくなる。 「ああ」 やっぱりこいつは、いないほうがいい。 こいつがいるから僕は辛い思いばかりする。 もう本当に消えてくれ。 「誠二、早く食べてもう学校行きなさい。昨日、明日は日直なんだって言ってたじゃない」 そうだ、忘れてた。 朝から嫌なこと続きだ。 「うん、じゃあごちそうさま」 そのまま洗面所へと移動する。 いつも通り早紀の歯ブラシを手に取り排水溝に擦り付ける。 それでも嫌な気分は晴れなかった。 「お兄ちゃん、さっきはごめんね」 予想もしなかった声が背後から響く。 背筋に冷たい汗が流れた。 鏡越しに扉の前に立っている早紀の表情を伺う。 早紀の目線は僕ではなく、僕の右手にある歯ブラシを捉えていた。 時が止まってしまったかのように何も考えられない。 「あ、それ私のだね。ありがとう」 早紀は目線の先にあった自分の歯ブラシを優しく奪い取った。 それはたった今、排水溝を擦った歯ブラシだ。 歯ブラシの毛先部分にはヌメりとした汚いモノがこびり付いている。 早紀もそれを見ている。 しかし何を思ったのか早紀はそれに歯磨き粉を付け、そのまま自分の口へ放り込んだ。 頭の中で何かが切れた。 「やめろよ…なんなんだよお前…ふざけんな…」 気が付くと家を飛び出し、学校へと続く道を涙を流しながら走っていた。 早紀の可哀想な人を見るような目が耐えられなかった。 そんな目をしながら尚も僕に笑いかける早紀が怖かった。
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