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午前10時、普段ならばリンが座っている暖炉の前の椅子に、青年は思い詰めたように腰掛けていた。
リンは『案内』の為の準備をしているので別の部屋にいる。
「俺の、名前……」
青年はため息を吐いた。
思い出そうとしても全く思い出せない自分のこと。それに青年はネームの地にどうやって来たかも覚えていなかった。気が付けばリンに声を掛けられていたのだ。
降り続く雨が、青年の心を面白いくらいに乱していった。
「お兄さーん、準備出来たよ」
「……リン」
廊下の奥からリンが白いタオルを1枚と、30センチ程の杖を持って来た。
青年の座る椅子の横に小さな椅子を二つ置き、1つに持って来たタオルを、もう1つには杖を持ったリンが座った。
「その棒は?」
「僕の相棒みたいな物かな」
リンはタオルの上の『見えない何か』を掴むようにして持ち上げ、手袋を左手に装着するかのように動いた。すると、リンの指先から段々と透明になっていき、終いには手首から上が見えなくなった。
怪訝な顔でそれを見る青年にリンは笑う。
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