162人が本棚に入れています
本棚に追加
不幸な出来事を記憶から抹消することで精神は保たれるが、その裏の幸せな記憶も消えてしまう。黒い折り紙を捨てると、その裏側の白い面も捨てられるように。
しかし幸せな記憶は生きていく上で支えとなるもの。だからそれが消えてしまうことは無意識の内に拒んでしまう。
消したいのに消せない。
その状態が段々と抹消する方向へと傾いていくと、様々な記憶を忘れてしまう。
それが『ゼロ症候群』だ。
「じゃあ改めて。僕はネーム・コンダクターのリン。これからお兄さんを《名前》へ案内します」
「……ああ」
「目を閉じて。……あ、別に眠っても良いからね」
初めにやけに恭しく挨拶をしたリンは『干渉の手袋』を装着した手で青年の額に触れた。
青年にはリンに触れられた感触は無いが、何かが自分の『中』に入ってくるような異様な感覚が体を襲った。
「ゆっくり三つ数えるから、意識を落ち着かせてね」
『1』
青年の中で異様な感覚がボヤけてくる。
『2』
段々と異様な感覚が馴染んでいくような気がしているが、それでも溶け合っていく訳ではなかった。
『3』
リンの声が合図となったのか、青年の意識がその感覚に引っ張られるように、深く深く、沈んでいく。
そして彼は意識を手放した。
最初のコメントを投稿しよう!