prologue

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   この世界には『名失者(ゼロ)』と呼ばれる人がいる。  彼らは主に深い絶望や悲しみが引き金となり発症する『ゼロ症候群』によって自分を見失い、記憶や名前を忘れてしまった者たちのことだ。  やがて名失者は自分のことだけでなく、次第に一般常識など他のこともわからなくなっていくという。  そんなとき、名失者がいつしか辿り着くといわれる場所があった。  噂で聞いた名失者の果ての土地  それが『ネーム』 『リン・ランヴェル。本日より“ネーム・コンダクター”の称号を与え、名乗る事を許可します。……うん、よく頑張ったね、期待しているよ』 『あ、ありがとうございます!』 ――これは『ネーム・コンダクター』になった日の夢だ……。ネーム長に許可証を貰って、その日はすごく嬉しかったな。昔からの夢だった念願のネーム・コンダクターになれた日だから。  ネーム長と呼ばれる者との会話はひどく懐かしさを感じさせ、夢だと理解しているリンだったが、いつまでも見ていたい気持ちになった。  リンはまどろみの中で思考を働かせる。 ――でも今、このネームの地……ううん、この世界には、ネーム・コンダクターは僕しかいないんだ。  無理矢理、夢から覚める。目蓋を開けるとすぐ頬を伝う涙に気が付いた。 「……はあ」  乱暴に寝間着の袖で拭う。それから体温で温かくなっていたベッドから体を起こし、名残惜しくも靴を履いた。冬の冷たい空気の中、寝室から出て氷のように冷えた廊下を歩く。  暖炉に火をくべて室内と自分を暖めた。まだ外は薄暗い。パチパチと音を立てて燃える火に両手を向けると、そこからじんわりと肘に向かって熱が広がっていった。  ふと窓の外へ視線を移せばしんしんと雪が降っており、この寒さにも頷ける。 「今日、名失者は来るのかな」 ――この『ネーム』の地に。  たった1人のネーム・コンダクターは、今日も名失者(ゼロ)を待ち続ける。  
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