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─序章─
もう、五年くらい前のことだろうか。
ラブレターというものをもらったことがある。
相手は、一年下の後輩だった。中学生の頃のことだ。
はっきり言って、どうしていいか分からなかった。
その後輩と付き合いたいという気持ちはなかったが、それをどう伝えていいか、皆目見当がつかなかったのである。
かと言って、放っておくわけにもいかない状況だということくらいは、何となく感じられた。
そういうわけで、俺は、奈美に相談したのだ。
参考のために、問題のラブレターも見せた。
奈美が、これまで見たことがなかったくらいに真剣な表情で、その手紙を読んでいたことを、今も憶えている。
内容は、ラブレターとしてはありきたりなものだったと思う。
そして、文面からは、その後輩が俺自身に対して様々な誤解を抱いているであろうことが、何となく見て取れた。
寡黙で、孤独で、同世代の人間よりは何歩も先を行っている、大人びた頼り甲斐のある男子――。
つまり、後輩が付き合いたいと思っていた相手は、俺ではなく、俺の上に重ねられた幻のようなものだったわけだ。
今にして思えば、あの年頃の恋愛感情というものは、そういうものだったのかもしれない。
いや、そもそも、俺が恋愛について何か語るということ自体、笑止なわけだが。
ともかく、俺は、自分とは違う人格に恋をしているらしい後輩に、どんな態度でどんな言葉を言えばいいのか、さっぱり分からなかったわけだ。
そういうわけで、俺は、奈美に相談したのである。
「どうしたらいいと思う?」
そう訊いた俺を、奈美は、ぎろっと睨んだ。
「どうして、こういう大事な手紙を、ほいほい人に見せちゃうわけ?」
奈美は、俺が訊いた事とは全然関係ないことを言ってきた。
「いや、だって、参考のために読んでもらった方がいいだろ?」
「あのねえ、女の子が、大事に大事に書いた手紙だよ? それを人に見せるなんて、どういう神経してるのよ」
「お前、そんなこと言って、ずいぶん熱心に読んでたじゃないか」
いささか理不尽さを感じて、俺は思わずそう言っていた。
しばし、奈美が押し黙った。
そして――
「あたし、司のそういうところ、大ッ嫌い!」
それから一月近く、奈美は、俺と話をしようとはしなかったのだった。
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