一章─カインの花嫁─

2/22
前へ
/108ページ
次へ
 そもそも奈美は、ミアが吸血鬼だということを知ってるわけではない。  ただ、普通の人間とはどこか違うということを感付いているだけである。  俺も、言わなくていいことは、極力こいつに話さなかった。  奈美を、吸血鬼と、それを狩る者との争いに巻き込むわけにはいかない。  その場に立つのは――俺だけで、充分だ。 「また、だんまり?」 「ああ」 「ったく、こうなったら、司は絶対に話してくんないからなぁ」  あーあ、と声を上げて溜息をついてから、奈美が箸で器用にハンバーグを切り分けていく。  俺も、無言でカレーうどんを啜った。 「じゃあさあ、一コだけ教えて欲しいんだけど」 「――なんだ?」 「ミアちゃんて、あの、いつか司の言ってた初恋の相手なわけ?」 「多分、そうだ」  そう答えた俺を、奈美が、ハンバーグを口に運びながら睨みつける。 「……あんなに想ってた相手に逃げられても、司は、平気な顔なんだ」  別に、平気なつもりはないんだが。  だが、平気でないとして、それでそういう顔をすればいいのか分からないだけだ。  そのことを、どうやって奈美に説明したらいいか考え込んでる間も、奈美は、ますます険悪な目で俺を睨んでいる。 「……お前、もしかして怒ってるのか?」 「怒ってないように見える?」  刺々しい口調で、奈美が言う。 「いや、怒ってるとして、その理由が分からなかったから訊いたんだが」  その俺の言葉を聞いて、奈美は、いきなり飯の入った茶碗を抱え上げて、ぐわーっと掻き込んだ。  そして、皿の上に残っていたハンバーグや付け合わせを、次々と平らげる。  俺が呆気に取られているうちに、奈美は、プラスチック製の安っぽい湯飲みの中の緑茶を一気に飲み干した。  とん! と鋭い音を立てて、湯飲みをテーブルに叩き付ける。  奈美が、俺を真正面から睨みつけた。 「あたし、司のそういうところ、大ッ嫌い!」  いつか言われたセリフを、俺は、またも面と向かって言われてしまったのだった。
/108ページ

最初のコメントを投稿しよう!

93人が本棚に入れています
本棚に追加