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そもそも奈美は、ミアが吸血鬼だということを知ってるわけではない。
ただ、普通の人間とはどこか違うということを感付いているだけである。
俺も、言わなくていいことは、極力こいつに話さなかった。
奈美を、吸血鬼と、それを狩る者との争いに巻き込むわけにはいかない。
その場に立つのは――俺だけで、充分だ。
「また、だんまり?」
「ああ」
「ったく、こうなったら、司は絶対に話してくんないからなぁ」
あーあ、と声を上げて溜息をついてから、奈美が箸で器用にハンバーグを切り分けていく。
俺も、無言でカレーうどんを啜った。
「じゃあさあ、一コだけ教えて欲しいんだけど」
「――なんだ?」
「ミアちゃんて、あの、いつか司の言ってた初恋の相手なわけ?」
「多分、そうだ」
そう答えた俺を、奈美が、ハンバーグを口に運びながら睨みつける。
「……あんなに想ってた相手に逃げられても、司は、平気な顔なんだ」
別に、平気なつもりはないんだが。
だが、平気でないとして、それでそういう顔をすればいいのか分からないだけだ。
そのことを、どうやって奈美に説明したらいいか考え込んでる間も、奈美は、ますます険悪な目で俺を睨んでいる。
「……お前、もしかして怒ってるのか?」
「怒ってないように見える?」
刺々しい口調で、奈美が言う。
「いや、怒ってるとして、その理由が分からなかったから訊いたんだが」
その俺の言葉を聞いて、奈美は、いきなり飯の入った茶碗を抱え上げて、ぐわーっと掻き込んだ。
そして、皿の上に残っていたハンバーグや付け合わせを、次々と平らげる。
俺が呆気に取られているうちに、奈美は、プラスチック製の安っぽい湯飲みの中の緑茶を一気に飲み干した。
とん! と鋭い音を立てて、湯飲みをテーブルに叩き付ける。
奈美が、俺を真正面から睨みつけた。
「あたし、司のそういうところ、大ッ嫌い!」
いつか言われたセリフを、俺は、またも面と向かって言われてしまったのだった。
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