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『ママちゃま、お花がイッパイだね、サクラさんがんばってるね』
カセイ川から吹くすこし湿度の高い風にゆれながら、花びらをそよがせる夜桜を娘に見せていた。
本部から抜け出したあと、夜間の巡回だとか理由を着けセンターの敷地内を散歩していたのだが、夜間照明に照らされた夜桜があまりにも美しく、思わずアリナに見せたいと思い官舎のコンピューターにアクセスし彼女を呼び出した。
火星年齢で3歳からしかInPNTの挿入は出来ないので、目の前に展開した中空型ディスプレイで、エリナが今見ている風景を映して見せている。
それにしても、たかが火星年齢2歳にも満たないのに、満開の夜桜を見て「がんばってる」と表現するとは・・・。
もっと子供らしく伸びやかに物が考えられないのかと思いながら、実のところそう仕向けているのが自分かも知れないと考えると、すこし心の端っこがざわつく、もっと、たくさん、母親らしい事をしてやらねば・・・。
「うん、イッパイだね、サクラさんほんと一生懸命に咲いてるね、ママも一生懸命お仕事して、明日の晩には帰るからね」
ARDの画像の中で娘の満面の笑みが咲き誇る。その笑顔に向かって「おやすみなさい」
『おやすみなさい、ママちゃま、』
画像を切った後、なにか心にピンホールが開いて、気力が抜けてゆくような気がした。
ふと、その抜けた後に、妙な絵図らの画像が飛び込む。
百メートルほど向こうの人工池のほとり、敷地内でもっとも古いとされる桜の巨木の下に居る二人の人影。
一つは細いシルエットでこのセンターの研究員のユニフォームを身につけている。
もう一人は、車椅子に座っていた。彼も細く、頭髪は完全に真っ白、老人に見えた。
ほとんどの研究員は帰宅し、いま居るのはセンター所属のアンドロイドと栽培管理用のロボットのみ、人間は皆無のはずだ。
とは言え、不審者ならセキュリティが機能しているはずなので、職員であることは間違いないだろう。
興味を持ち、近づいてみる。声が届く距離まで来るとIDを表示しつつ話しかけてみた。
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