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『それにしても夜も巡回とは、仕事熱心な方ですな、アナタは』
「まさか、夜間のパトロールは警備ロボットや監視システムに任せれば問題ありません、わたしはただ桜を見に歩いていただけで」
博士の言葉に、そう正直に答える。
そういいながら、はじめて自分が目の前にしている桜の古木を見上げた。
その満開の様は、見事を通り越し圧巻であった。
天をつく幹から四方八方に伸びた枝は、勢い良く空を掴む様に頭上を覆い、すべてに花をつけ夜間照明に反射してまるで輝いている見えた。
胸が詰まるような美しさ、言葉はおろか、なんの感想も頭に思い浮かばない。
ただ惚けた様に己を包む桜の花に圧倒されるだけだ。
『この樹は火星で一番古い桜でしてな』
博士の声が聞こえて、はじめて現実に帰ってきた。
『火星での樹齢は45年、ソメイヨシノの平均寿命は地球の暦で60年ほどと言いますから、まぁそうとうなばぁさん桜ですなぁ』
ふと、いつの間にか傍らに居た博士を見やる。
彼は、車椅子の上から、懐かしむような、しかし、なぜか寂しげな視線を桜の樹に送っていた。
『厳密に言うと、こいつはソメイヨシノとはいえません、私が遺伝子改良や交配を繰り返し、火星の気候に合う様に作り変えた新種ですかならぁ、それでも原種の特色は色濃く残ってますから、本来の寿命もソメイヨシノに近しいものに成るのでしょうが、いやはや、よくここまで生き延びてくれましたわ』
「と、言うことは、今このセンターに生えている桜のお母さんと言う事ですか?」
エリナの問いに、博士は満面の笑みを浮かべた。しわだらけの顔にさらにしわが増える。
『おっしゃるとおり、ここや、火星中に生えているすべての桜の原木、つまり母親です。ビック・ママですわ』
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