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エリナ・デッカードの朝は、毎度のごとく優しい女性の声から始まった。
「おはようございます奥様、アリナお嬢様はもうお目覚めに成られ朝食をお召し上がりですよ」
目を覚ますと、見慣れた彼女の顔、公務員共済から十五年ローンを組んで買った家政婦型アンドロイトのアキコさん。
夫の年金のおかげで購入を踏み切ったが、安心して家を空けられるのは彼女が居るからこそと思えば安い買い物だった。と、自画自賛しつつ身支度を整える。
軽いウェーブのかかったセミロングのブラウンヘアーは軽くブラシを入れヘアスプレーを掛けるだけ、はっきりとした目鼻立ちの顔にもメイクは紫外線よけと地肌保護の為のファンデーションとリップのみ、ナノ・テク・コスメやらジーン・メイクなど、シングル・マザーの公務員には贅沢品以外の何物でもない。
寂しいワードローブから、ダークな色調のパンツスーツを選び身に付けると、彼女は小声で部屋を管理するコンピューターに囁いた。
「鏡を」
InPNT(インプランティング・パーソナル・ネットワーク・ターミナル)を介し、脳の視覚野にARD(拡張現実感ディスプレイ)の姿見鏡が目の前に現れ、全身のチェックは完了。
本来の職務である街に蛮居するゴロツキ相手には不要なドレスUPだ、と再び自画自賛。
なにせ今日からつく任務は、テラ・フォーミング完了10周年、穀物生産開始70周年の記念式典の警備なのだ。
各界のVIPは無論、地球からやってきたでかい面を曝したESA(地球外保安局)のエージェント共もやってくる。
普段のSSF(太陽系安全保障軍)払い下げのジャケットとデニムのパンツという訳には行かない。
そして、一番重要なチェックも忘れない。InPNTに意識で命じ、己のIDをARDで表示させた。
『マリネリス州保安局エリナ・デッカード副保安官』
この二年間(地球暦で約四年)ぶら下げていた彼女の役職だ。
リビングでは火星年齢で2歳になる愛娘のアリナが大好きな納豆ライスを掻き込んでいた。
すかさずアキコさんが口のまわりを拭う。
「おはよーママちゃま」
快活な笑顔で朝のごあいさつ、鼻の下にはまだご飯粒、
この笑顔が有る限り、殺伐極まる職場でも自分を忘れず闘い抜ける。
娘が朝の挨拶をするたびに改めて認識した。
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