―― プロローグ ――

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――ヘスティア大陸南東、コルマ山脈――  時刻は真夜中。 灰色の空を漂う雲の合間からその姿を覗かせている月の光だけが、唯一この暗闇の中で明かりとしての役割を果たしている。 切り立った断崖絶壁に囲まれた狭い山道を歩くには不十分な明るさではあるのだが……。  その山道を歩く人影が一つ。 薄汚れた長い丈の茶色いローブを身に纏い顔まですっぽりと覆ったまま、用心深く慎重な足取りで歩みを進めていく。  その人影は、山の上方から小石が落ちて来て自身の足元まで転がって来たのを確認すると、山道の半ばでピタリと足を止め何があるとも視認出来ない暗闇に覆われた山頂付近をジッと見つめ出した。 「来たな……」  男のその呟きが山間を吹き抜ける冷えきった風に流された直後、小石が落ちて来たのとほぼ同じルートを何かが駆け降りて来た。  微動だにしない彼のはためくローブを霞め、その何かは道の真ん中に立ち塞がるとずらりと不揃いに並ぶ鋭く尖った牙を剥き出しにする。 それは全身灰色の体毛に覆われた狼で、その手足の先には若干曲線状に曲がった鋭い爪が生えており、その長い顔にはバックリと開いた大口に加えて大きく上に開いた耳、そして暗闇に浮かぶ異様なまでに妖しく光る赤くギラつく二つの小さな点。  獣はしばらく男を睨み付けた後、その四本の脚で地面を蹴り牙を剥き出したまま男に向かって飛び掛かった。  男はローブを払いのけ腰から刀を抜き取ると軽く横に転がり平然とそれを避け、軌道を外れた獣にその刃を差し向け間髪入れずに横一線に振り抜いた。 次の瞬間、灰色の狼の姿は形を崩しサラサラと灰色の砂へと姿を変え吹き抜ける風に流され消えていった。 灰色の砂が全て風に流されると、灰色の狼の姿があった辺りの空中には一枚の錆び付いたコインが現れ、重力に従うままに地面へと落ちる。 男は何も言わず錆び付いたコインを拾い上げしばらく手のひらで転がすと、それをぐっと握り締めて再び歩を進め始めた。
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